
また映画観にいってきました。
今回は大阪で母とデート(^^♪
そういえば、映画のこと書くの久しぶり。
これまでもいってたんですがね。
日本映画でいうと、硫黄島、大奥、愛の流刑地なんかよかったけど、今回のはかなり興奮しました。
みのもんたさんの例のひとことを遥かに凌ぎ、水戸黄門のご印籠に匹敵する法的に絶大なパワー!
そんなパワーを備えたスーパーな存在が現代女性のみなさん、ということを痛感した映画でした。
電車の中で、「この男性から痴漢されました!」というひとことを発すると、男性は痴漢をするしないに関わらず、99.9%の確立で罪人決定です。
よほど完璧な無罪証明が出来ない限り、そこから逃れることはできないらしい(ほんとに無実であっても)。
これに逆は有り得ない・・・
映画内でもあったように、被害者の心情、社会的な状況、警察や裁判所の多忙性、etc・・・
様々なことについての理解は出来ます。
でも、それは「無罪の人間を有罪に!」してしまって仕方がないほどのことなのだろうか??
ということを、世間に問いかけているのがこの映画です。
1人の人間を裁くのに、あなたはどちらを選ぶことが罪深いと思いますか?
◎本当は有罪の人間を、有罪を立証する証明不十分な為、無罪にせざるをえない。
◎本当は無罪の人間を、無罪を立証出来る証明不十分な為、有罪にせざるをえない。
同じ文章を有罪と無罪を入れ替えただけのですが、後者は???文章です。
でも、映画のストーリーは、まさしく後者を現実として展開されていき、最終的にもそうなります。
僕が主人公だったら・・・
あんなに横柄で決め付けた態度の警察や裁判官のやり方に、従い続ける自信は全くありません。
ほんとにあんななんだろうか??
(警察関係の人、また今度実際のところ教えてくださいね)
死罪などの重罪ではないものだから・・・っていうこともいってました。
さっさと「やったと認めて」しまえば、その日のうちに出れるし、世間的にも誰にもわからないけど、認めなければ何ヶ月も拘留されて、裁判になって・・でもまず負ける。
だから、弁護士までそれを薦める始末。
実際、映画を観終わって、確かに彼が最初に「私がやりました」と嘘を言ってれば、その方が楽だったなー!と感じさせられてしまった。
判決が下って、判決文を聞いている主人公が心の中でつぶやきます。
「ほんとの真実を知っているのは僕だ。
裁判官、あなたは嘘をついている。
だって僕はやってないんだから」
これでいいのだろうか・・・
ちょっと思ったんだけど、あんなに単純に「被害者が言うがまま」の取り締まり(?)だけ厳しくしても、犯罪は減らないよねー^_^;
だって普通に考えると、痴漢常習犯がいたとして、そんな犯人が、被害者から簡単に捕まるようなやり方する訳ないだろうから・・・
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