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5/25/07パイレーツ・オブ・カリビアン-ワールド・エンド/前夜祭

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早速観にいってきました、昨晩。
いってきて早々いうのもなんですが。

「シマッタッ!!」

観終わって帰ってから、映画館で手渡された”「もう一度観たくなる」読本”なるものを読むと、

”本編はエンドロールが終わるまでじっくりとご鑑賞ください”

などと・・・

エンドロールの最後に何か重要な感動シーンがあるようです(^_^;)

エンドロール途中で席をたってしまった。
最近観た「俺は~」でも「スパイダーマン」でも最後まで座ってたのに、今回何故か・・

ちなみに、この冊子には、”もう一度観に行こう!!200円割引券”がついてます。

既にまんまと戦略に引っ掛かって、もう一度観に行こうモードになってしまってます・・・

内容の方は、
さすがに今ネタバレはまずいと思うので伏せますが、かなり面白かったです。
だってもう一度観に行こうって既に思ってるくらいだから(^^♪

随所に隠された細かい笑いどころ、息をのむアクション、すばらしい音と映像の一体感・・・

なによりキーラナイトレイ!
大好きなんですよね、彼女。
今一番好きな女優さんです。

今回はドレス衣装は無し。
海賊衣装の他に、ズボンを脱いでブラウス1枚姿になって啖呵を切ったりする場面はドキドキものです。
船の上で戦闘アクションしながらオーランド・ブルームのプロポーズを受けるシーンは、おもしろカワイかっこいい!

それにしても彼女、惚れ惚れするほどカワイイ!!
何故か惹かれる・・

他には、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズもしっかり出演してました。
ジャックスパロウの父上として。
変なギター演奏もあった。

シーン上でキースの仕草をジャックスパロウが真似するところがあったり。

もう一度観に行く前に、前2作を細かくおさらいしていかなくちゃ(^^♪
昨日は気付かなかった笑いどころが、まだまだたくさん隠されているに違いない。



5/1/07 BABEL

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とっても興味深い映画でした。

ストーリーがどうとか、演出がどうとか俳優がどうとかではないです。

そういう意味では、決して面白いものではないし、感動するものでもない、観終わって不快で後味の悪い嫌な気持ちになる。

これはヒューマンドラマ。
そして、この映画のメッセージを人々がどう受け取り感じるか!
に期待し訴えかけている。

サブタイトル(?)は
"2007年、世界はまだ変えられる!!"

多くの人々がこの映画を観てどう感じ、どう思ったかによっては、「世界は変われる」かもしれない。
でも、特に日本ではこの映画を面白くないって切って捨てる人が多いだろう。
だとしたら、あのサブタイトルは
”2007年、やっぱり世界は変われない!”
という裏タイトルに早代わり・・・

これ、僕にとっては、同じブラピがでてた映画「セブン」と同類かな。
「~無関心が美徳~」のシーンが特に思い浮かばれた。

各国で起こる大人と子供を絡めた問題。
(ストーリー的にどう繋がっているかとかは、重要なことではないので別にどうでもいい。)

これらは、現実的な問題だと思うし、実際に起こりうる(起こっている?)問題だと思う。

各国の子供達が色んな形で病んでいる。
遠い過去~現代までの大人(人間)達が作り上げてきた社会のせいで。

社会が本来の人間(バベルの塔以前の、一つの生物的な人間)的な部分を取り戻して、一つにならなければ世界は・・・

という訴えかけなんだ思うんだけど、
難しいな・・・

数百人がそんな風に思ったところで、大半の社会的に重要な人々が、「無関心」を実行してしまうだろうから。

現代の正しい(?)大人は、自分に直接起こっている問題以外には「無関心が美徳」だからね。

映画という媒体での訴えかけでは弱すぎるということだな。

やっぱり、全ての人々が無関心でいられなくなるような「直接的な問題」が発生し、それに対して、一つになれるような「何かのきっかけ」が必要なんだろう。

「沈黙の艦隊」で海江田艦長がとったような行動とか・・・

これから観る人は、宣伝等による先入観を持たずに観たほうがいい。



24シーズン5

先日「24シーズン5」を制覇!
何故だかこの手のものはまり込むんですよね。

似たようなところで、トムクランシーの小説でジャック・ライアンシリーズは読みあさったし、コミックでは「沈黙の艦隊」が僕のベストコミック。
ちょっとずれるけど「パイナプルアーミー」、「MASTERキートン」なんかも好きだし、なんといっても「ガンダム」・・・

なんでだろう?って考えてしまった。
自分に戦闘願望があるのかな?なんて。
今の自分が20歳若かったら、そっち方面へ進むかも、みたいな。

決して殺戮願望があるという事では無いです。
どうやら自分の中には、「愛と正義」のために戦いたい願望があるようです。

ただ、この「正義」っていうのが問題。
現代(昔も?)「正義」っていうのがよく判らなくなってる。
改めて「正義」について考えてみる。

本来は生物としての倫理感や道徳感に基づいて、誰もが共通で持っているべき意識だと思う。

でも、実際の世の中での正義とは、
・法律で定められた規則を守ること?
・会社の規定を守り、上司に従うこと?
・親や学校の先生のいうことに従うこと?
云々・・・

ルールを守ることがいけないといってる訳ではないんです。
ダイビングでも、守らないと自分や周りの人を危険な目に合わせてしまうような、必要なルールがある。

でも、法律や色んな規則には、それを守ると正義に反することが多々あるようだ。

規則を守るか、破って正義と愛(殆どの場合、愛を根底に正義を選ぶので)をとるのかという場面で、
生死の境目を戦いながら、「本来の正義」を達成したような話に無性に感動する。

昨晩テレビで映画「海猿」をやってたけど、これもその典型。

繰り返すけれど、「正義」がなんなのかが判らなくなってるから、こういうある意味あたりまえな映画で感動してしまう。

生物として誰もが「愛と正義」を重視するなら、海猿のあのシーンで救助に行くのを躊躇うハズないんだよね。

規則というのは、権力を持った人が権力を持たない人を統制するために作られたもの。
憲法も法律も、作った人は権力者。

キリスト教も、説いたのはイエスかもしれないけど、教会を作ったのは権力者。

権力者はいつでもお金持ち。
そして具体的な権力の行使力を持っている。
警察、軍隊・・・というのは、規則に則って力を行使する部隊。

ということで、人間社会はお金持ちによって力(暴力)で支配されている。
ということになる。

「24 シーズン5」では、なんと”世界の警察”であり”正義の国”アメリカ合衆国大統領がテロ首謀者の一人ということに。

大統領がテロを目的に暴力を行使すると、これは合法なんです。

それに一人立ち向かおうとする、いち捜査官のジャックバウワーと、それに影響を受け徐々に正義に目覚め始める周りの人達。

シーズン5では大統領更迭で終わるんだけど、まだまだ話は大きくなりそう。

「沈黙の艦隊」でもそうだったけど、アメリカ大統領をコントロールする裏の(?)上部組織がある(らしい)。
それは超お金持ち。
兵器メーカー等の大きな組織。

世の中は、

兵器の研究開発→兵器実験のために戦争→研究結果の一部が社会で実用化→コンピュータや通信機器、家電等が発展→物質によって民間人が満たされる

という流れで成り立っている(らしい)。

今以上に文明を発達させる必要は、ほんとうにあるんだろうか??
(僕が脱サラした理由の一つが実はコレ)

そんな風に考えると、現代で、働かない人達や一定の会社に就職しない人達の方が、生物としてより普通なのかもしれない。

「お金を稼ぐために」という考えがそもそもおかしい。
「愛と正義のために」でありたいものですが・・・
(実際にはお金がないと・・・たまに世の中が嫌で仕方なくなる)

お金の世の中では、戦争は無くならない。
ちなみに、戦争を無くす方法としての具体案は、「沈黙の艦隊」案がベストだと思うのは僕だけだろうか・・



3/8/07映画 パフューム~さくらん

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和歌山市まで船舶免許の更新にいってきました。
書類が揃っていれば、一瞬です。
即時発行でした。

以前のなんとも貧弱なものと比べ、すっかり免許証らしくなった。
サイズも車の免許と同じ。
身分証明にも使えるようになったようです。

もうちょっと待たされるかと思ったのにすこぶるあっさり用事が済んでしまい、心置きなく映画館へ。

最初に予告どおり
 パフューム ~ある人殺しの物語~
当初、ある程度のエロ映画を想像してましたが、そんなニュアンスは全く無し。
とても不思議な感覚でのめり込むことが出来て面白かったです。

この不思議感は、人によっては嫌悪感となって不快な印象しか残らなかったケースも多いみたい。

舞台は18世紀のフランス。
大好きで何度も読み返した「ダルタニャン物語」や「ブラジュロンヌ子爵」の、華やかな太陽王ルイ14世時代の次の世代。
後のフランス革命の直接の原因を作ってフランス衰退が始まっていたルイ15世の時代のパリ。

当時、世界で最も汚く悪臭立ちこめていたという魚市場で、なんと魚売り場で仕事中の女性が、魚処理台の下の生ごみ放置場の上に赤ん坊を産み落とし、自分で「へその緒」をカットし、そのまま客との商売を続けるという、なんとも衝撃シーンにより、主人公グルヌイユは誕生する(1738年)。

死ぬ筈だと思われ、そんな悪環境に放置していたにもかかわらず、産声を上げてしまい、そのせいで母親は縛り首に。

その後育児所に引き取られて育ち、皮なめし職人のもとへ売られ、仕事にこき使われながら成長していく。
親も友達もなく、愛も善悪も幸福も楽しみも何も・・・誰からも教わらず、自分で感じることもなく、ただ仕事にこき使われる毎日を過ごす。

こういった最悪の環境で育った人間に、ただ一つだけ超飛びぬけた天性の才能が授けられ、その才能が開花し、世間に認められるまでになり、どうなったのか!?が描かれている。

グルヌイユが授かった才能は嗅覚。
全ての匂いを正確に嗅ぎ分け、その鼻は数キロ先の匂いまでも。

ある日、パリの街を歩く女性の匂いに惹かれ、近づき、「匂いの快感」に浸るあまり、その女性を殺してしまう。

匂いを嗅ぎ続け、快感に浸るグルヌイユ。しかし、死体からは快感を得られる香りが消えてしまい、苦悩に陥る。

そこでグルヌイユが発想したのは、「香りを保存したい!!」

普通の人間は、乳児期以降の成長過程で、自分以外の人とのありとあらゆるコミニュケーションの中に愛情を含めた感情を感じ、与え、その反応を実感したり、といったことを繰り返す中で、自分にとっての幸福感や快感を見つけ、世間常識との折り合いをつけながら生きている。

それら全てに欠落している、本来は思春期青年グルヌイユに、突如として現れたどうしようもない快感が「女性の香り」を嗅ぐこと。

グルヌイユが求めているのは、全く他意無く純粋に「香りの快楽」だけ。

現代人の中にも、きっと似たような人がいるんだと思う。
その人が世間から見た常識に合わない行動が公になってしまうと事件ということになるのだろう。

考えたグルヌイユは香水調合師に弟子入りし、自分の才能を提供することで、香りの保存方法を学ぶ。
ところが、そこでは生きた動物の香りを保存することは出来ないとわかり、絶望し旅へ。

道中ある場所で、自分自身に体臭が無いことに気づく。
それは、現在まで誰からも固有の人間として、存在を認められたことが無い、透明(臭)人間であることを理解し、また絶望。
そこで、目的が少し歪んでしまう。

究極の香りを作り出して、自分の存在を世間に知らしめる!
という目的へ。

生きた動物の香りを保存する方法を習得したグルヌイユは、早速自分のメガネにかなう香りをもつ女性からの、香り収集に精を出し始める。

12種類の香りを集め、それを混ぜ合わせて究極の香水を作り出すために。

最後の最後に、一番求めていた女性の香り収集に成功した時点で、お縄になってしまう。
12人の女性の殺人容疑で。

刑罰は、公衆の場で十字架に貼り付け、鉄棒で順番に体の12箇所を打ち砕いた後、死ぬまで放置。

処刑台へあがる直前に、グルヌイユは満を持して自分が作った究極の香水を使う。

その香水の香りに、役人、死刑執行人、群集、大司教(枢機卿なのか法王なのか不明)等、全員が平伏すことになる。
グルヌイユは天使と呼ばれる。

香水を落としたハンカチを宙に舞わせると、群集(750人?1000人?)の男女全員が服を脱ぎ始め、誰彼構わず隣どおしで・・・

その場面での群集の表情の幸福そうなこと!!
観てる側まで幸せになるようなシーンで、エロさが全く無かった・・・

対して、それを壇上から見守るグルヌイユの悲しそうな表情。

ナレーションでも紹介されていたが、この究極の香水を使えば、世界中の国、教会・・・全ての人間を支配することができることが証明された。

グルヌイユは世間に自分の存在を世間に知らしめるという目的を十二分に達成した。
でも彼は悲しい。

たくさんの人が、自分が作った香りにひれ伏し、幸福になったものの、自分自身は体臭が無いのと同じく、存在していないかのよう。
人間の本質的な欲求、快楽は得られなかったということ。

パリへ凱旋した彼は、生れ落ちた場所へ戻り、その貴重な香水を全て自分の頭から振り掛ける。

やっと人々が、自分(というより香り)の存在に気づいてくれたと思ったら、大勢にもみくちゃにされた挙句・・・

なんとも不思議で、悲しい映画でした。
この映画、人間の幸福とは?をそっちのけにして、金儲けや権力欲に駆り立てられている人達が是非観るべき映画と思う。

話は変わって、レイチェル・ハード=ウッドっていう女優さん。
16か17歳ってことですが、めっちゃ魅かれてしまった。

また長くなってしまった・・

次にさくらん。

江戸時代の吉原遊郭の人気花魁 日暮が、吉原に売られてきてから人気花魁になり、郭から出て行くまでの、人間模様がおもしろく、切なく、美しく、ちょっとエロく描かれていた。

ストーリー云々というよりは、観た目や台詞のやりとり、音楽を楽しめる映画でありんした。

個人的に土屋アンナが好きって訳ではないですが、濡れ場シーンではさすがにきれいだなって思った。
そういう意味では菅野美穂がすごいきれいで、エロかったな。
木村佳乃もそういうシーンあったけど、役柄のせいもあって印象薄。

エロさでいくと、パフュームより断然こっちの方が。
音楽も映像もよくおもしろかったけど、やっぱり音の悪さが・・・

洋画観た後だったから余計だけど、耳障りでショボイ音が不満だったな。
まあこの映画だけじゃないけど。
日本映画ももっと音響効果を重要視してもいいと思うんだけど。

映像と音楽と役者のやりとりだけなら、テレビ画面でみても変わらないんだよなー。
日本映画も、もっと映画館へ足を運ぶ人を増やしたいのなら、「音響」にもちゃんと力を入れて欲しい。



2/20/07映画 どろろ~幸せのちから

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大阪滞在中の恒例になりつつある、「母と二人で映画デート」に、またいってきました。

父は67歳で今だにマラソン選手。
ついこないだも、お隣の上富田で開催された「紀州口熊野マラソン」に出場し、4時間を切れなかった!と悔しがってたくらい、活動的ですが、母は正反対。

階段の昇り降りが少しきついみたいなおので、映画館までの電車往復はちょうどいい運動。
とばかり、のんびりテクテクと映画館までいき、2本続けて観てきました。

まず”どろろ”。
主人公は息が合った二人、妻夫木聡と柴咲コウ。
べらんめえ口調でいつになくハイトーンシャウト気味の柴咲コウが、めちゃ可愛いかったです。
また好きになりました。
内容はまあこれといってですが、最後まで飽きることなく楽しめました。

お昼ごはんを食べて次に観たのが「幸せのちから」。

こちらは感動ものでした。
普通の家庭が、金に追われて壊れ、父子でホームレスになり、勉強し、出会いと切欠と努力により億万長者になった!というクリス・ガードナーって人の実話を基にしたサクセスストーリー。

何をやっても駄目な時期は駄目だってことを痛感させられてしまう場面では、自分に置き換えて観てしまって辛い場面でしたが、その時期に何を大切にし、どう切欠を掴むか!みたいな。

この人は、最悪の状況でも、いつも人間らしさを失わず、諦めて逃げ出したり、自暴自棄になることなく、根気強く努力する中で、何故か出会いに恵まれ、切欠を掴んで少しづつ成功に近づいていったんですね。

辛抱強く努力している場面は、主人公が証券会社の正社員を目指して養成コースを受講しているところです。

こう書くとアレなんですが、実態は、受講者20名程と一緒に、その証券会社で半年間「ただ働き」しながらコースを受け、半年後に売上成績がトップの人一人だけが、正社員として迎えられるっていうシステム。
(なんだかダイビング業界のような・・・)

主人公は、このただ働き期間を父子でホームレスしながら成績もトップで乗りきったんです。
映画のストーリーは、入社が決まったところで終わり。
最後のシーンは特に感動ものでした。



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